名もなき生涯

少し時間が経ってしまったけれど、一月のこと。
草加おやこ劇場さんで「月と踊り子」を上演させて頂いた。

「月と踊り子」は一昨年、イーガルとだいぶん作り直した。
お客様と共にふれあいながら、楽器で遊びながら音楽を作っていって、物語がはじまる。

一昨年、静岡のあそviva劇場でお披露目して、また作り直して「子どもと舞台芸術大博覧会」で上演した。
その後は…上演の機会のないままコロナに見舞われ。その後は皆さまもご存知の通り…。

しかし一昨年から決まっていた今年の例会はぎりぎり開催することが出来て、久しぶりの有観客での上演となった。
とは言え、そのまま上演することは出来ない。

今、一番してはいけないこと。
それは「ふれあい」
今、一番したいこと。
それは…「ふれあい」

一緒に音楽を作っていく部分、ふれあいの部分をカットして物語だけを見せることはできる。
だけど、したくなかった。
今だからこそ余計に、したくなかった。
そこにいるみんなと一緒に、作りたかった。

なので。
イーガルは街頭インタビューで使うような長い棒のついたマイクを買った。
離れていても、一緒に出来るように。

本来は平土間で、みんなと同じ目線でだらだら始めてゆきたかったけれど、それも出来ない。客上げももちろん、出来ない。

そんな制約の中で、出来る限りの検証を重ね、出来る限りの改定をして準備を進めた。

でも、いつ中止や延期になるか分からない。
主催側がやりたくても会場が閉じたら出来ない。仕方がない。
そんな中での稽古はそれなりに辛いけど、やれると信じて稽古を重ねた。
なんとか無事上演が叶ったが、翌週からは施設の休館で予定していたプログラムは延期になったという。

そんな中での上演だった。
遠い客席。でもそこには生身の人がいた。
舞台の上から長いマイクを精一杯伸ばして、腕も精一杯伸ばして、届く限りの音を拾った。

離れているとなかなか緩やかなコミュニケーションが取りづらく、私たちも慣れていないので色々と反省点はあるけれど、おやこ劇場のみなさんのあたたかいサポートで、月と踊り子初のソーシャルディスタンスバージョンを上演することが出来た。

そして後日。
ホームページ宛に一通のメールが届いた。
(以下、ご本人の許可を頂いて転載します。)

バーバラ村田様、イーガル様、スタッフ様
こんにちは。
先日、1月16日草加にて、「月と踊り子」のパフォーマンスを見せて頂きました。
草加市には仕事で通っていまして、そのご縁でおやこ劇場の素晴らしい活動を知り、応援してきました。
今回は緊急宣言下で迷いましたが、直感でどうしても行きたいと参加しました。

私はバーバラさんの手の動きがとても美しいと思いました。おなかの子どもを愛おしむ場面も溜息がでる程に素敵でした。
良い演劇、パフォーマンスは眠っていた感情を掘り起こしたり、自分にはない感情を教えてくれたりの効果がありますね。
イーガルさんのピアノと歌もバーバラさんの動きにマッチして、素敵でした。
美しく、悲しく、でも幸せな絵本を音楽付きで読み聞かせてもらっているようでもありました。ありがとうございました。

さて、私は最近、「名もなき生涯」(The
Hidden Life)という映画をテレビで見まし
た。
オーストリアの小さな農村で暮らす農夫が
ナチの軍隊入隊を拒み、収監され、裁判でも自分の意思を通し、絞首刑に処されるまでを淡々と美しい田園風景と農村の素朴な生活を背景に描いていました。
夫の生き方を無言で受け入れる妻も印象的でした。

そして、最後にイギリスの女性詩人であり、
作家であるジョージ・エリオットの詩が映し出されたのです。

「歴史に残らないような行為が世の中の善をつくっていく
名もなき生涯を送り,今は訪れる人もない墓にて眠る人々のおかげで
物事はさほど悪くならないのだ」

私は偶然にしても、この映画を観ていたの
で、バーバラさん達がまさに世の中の善を私たちに気づかせて下さっているように感じたのです。
バーバラさん達の表現活動が、自分たちも
生きていていいんだ、分かってくれる人はいるんだ、大丈夫だよ、優しさを受け取ったり、時には与えたりしながら、巡り巡りながら自分たちも歴史の小さな小さな一部となっているんだとそんな事を教えて下さっていると感じたのです。

この新コロナの混乱の時代が突然やってきて、舞台に立てないという深刻な苦境に立たされている皆様に、実際的な手助けはできませんが、かつては子どもであった私の感情を振るわせて下さった事をお伝えします。これからも詩の世界を広げるパフォーマンスを追求して下さい。

2021年1月24日
○○○○
(転載終わり。個人情報に繋がる部分は省略しています)

読みながら、思わず涙があふれました。

月と踊り子は2011年の東日本大震災の直後に作り始めた作品です。
ちいさな、けなげな、ひとつの名もなき営みをただただ描きたかった。
この哀しみと愛おしい気持ちを作品にしたかった。

大道芸ではうまく行かなくて、ずっと改変を重ねて来て、イーガルと作り直して、10年経ってもまだまだ発展途上の作品だけれども、でも、伝わったんだ。

私の放った不器用な小さな光のかけらが、観ているこの方の心に反射してまばゆい光になって戻ってきた。
うまく言えないけれどそんな気持ちです。
観てくださって、伝えてくださってありがとうございます。

全ての名もなき生涯に光が降りそそぎますように。

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