あの日から

一年が経ったようだ。

あの日、あの時私は一人で家にいた。
長い長い揺れだった。
揺れがおさまったので、郵便局に行って用事を済ませた。
道すがら、街の様子は普通だった。
郵便局の帰りにスーパーに寄ったらまた大きく揺れた。
スーパーで買い物してる場合じゃない、とその時やっと気付いた。
貴重品を持ち出さねば、と思った。
家に戻り、再び外へ出た私が持っていた物はかたわれの仮面とうさぎとピエールの入った大きな鞄ひとつだった。
通帳も印鑑もパスポートもまとまったお金も持たず、バーバラ劇場の仲間たちだけを連れて連絡の取れない両親の安否を確認しに行った。
父は犬を散歩させながら普通に店を開けようとしており、後から来た母に一喝されて店の中の倒れそうな物たちを三人で片付けていった。
母と二人で背の高いガラスの棚を横にしようとしたら割れた。
友人たちの安否をツイッターで確認した。
ずっとラジオが流れていた。

今こうして思い出してみると行動の殆ど全てが間違っているけれどもあの時は本当に何もわからなかった。
日常に突然入った大きな裂け目に人々は呆然として、けれども今しようとしていたことを続けようとすることで何とか落ち着きを取り戻そうとしている、そんな感じがした。
あそこが境目だった。

暗い部屋で、消すことの出来ないテレビだけがこうこうと光って災害のニュースとACのCMを流していた。
そのテレビの中で、原子力発電所が爆発した。

子どもの頃からずっと恐れていたことがとうとう起きてしまった、と思った。
考えれば考える程、恐ろし過ぎて考えるのを放棄してしまったこと。
そしてそこまで原子力関係者が「安全だ」と言い張るのなら、安全なのかもしれない、万が一事故が起こったとしても最悪の事態にはならないだけの技術があるのかもしれない、と思うに至ってしまっていたこと。
全部をあざ笑うかのようにあれは、テレビの中で燃えていた。何度も、何度も。

あの境目の日から一年。
一年経ってもなにも分からない。
私に見えるものなんて、この世界のほんのほんのひとかけらでしかない。
私の考えることや感じることなんて、ほんの小さな砂粒のようなもの。
私の怒りも喜びも悲しみもやるせなさも希望も絶望も小さな砂粒のようなもの。
わかるのはただ、人の数だけその小さなかけらが、砂粒があるのだということ。

あの裂け目の日から一年。
実感がない。時間がよく分からない。
ただひとつ言えるのは、あれは過去の点ではなくて、今もずっと続いているのだということ。これからも続いてゆくのだということ。
元に戻ることなんか決してできなくて、ただ、起こったこと、起こしてしまったこと、これから起こるかもしれないことと向き合い続けてゆくしかないのだということ。

大好きで大嫌いなこの国、この世界。
に、どうか幸がありますように。

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コメント

  1. お久しぶりです。
    私は、あのとき自宅近所の喫茶店にいたのです。
    次々とグラスが落ちて割れる音が店内に響きわたり、橋の上の喫茶店だったので、橋が落ちたら死ぬんだろうなと思ってました。
    大学のときに、忌野清志郎さんの原発反対ソングが話題になり、当時タイマーズというバンドもやっていた彼のライブを学園祭で母校の文学部キャンパスで観ました。
    私はもう、このことに限らず日本には見切りをつけています。

    Comment by チャールズ横浜 — 2012年3月14日 @ 10:55 AM

  2. チャールズ様
    あの時何処で何をしていたか、って東日本に住む人間にとってそれぞれ忘れられない記憶ですよね。
    そういえば3月といえば地下鉄サリン事件のあった日は私の所属していたマイムサークルの初めての劇場公演の日でした。
    原発批判ソングといえば大学くらいの時かな、自主公演で先輩がランキンタクシーさんの曲で踊っていたのを思い出します。強烈な曲でずっと忘れられずにいたら、昨年の高円寺デモでご本人が唄ってるところに遭遇しました。

    Comment by むらた — 2012年3月23日 @ 1:09 AM

  3. 去年のよるべナイト以来2度目の遊侠サーカスでした。いいですねえ。ああいう妖しげな胡散臭い世界、大好きです。唯一「あんたもけっこうケモノ」のうたが聴けなかったのが残念ですが。
    動物頭たちよりも、なおさらに妖しいあやちさんの存在感はすごいですね。動物たちはとりあえずまだ「この世の生き物」ですが、あやちさんはどの世??
    携帯すら持っていないワタシがipadを買いました。(お茶っこプロジェクト用)。使い方もろくろく分からないうちに、遊侠を辞書登録した努力を誉めてください。
    3月11日、節目ですね。(カッパの誕生日ですが)。「でも、あの日がなければ会えなかったんだよね。会えてよかった。」と言っていただけるたびに、ありがたいやら申し訳ないやらで胸が熱くなります。そんな出会いを探しに、是非御一緒しましょう。

    Comment by 星振り — 2012年3月26日 @ 12:17 PM

  4. 星振り様
    寒い中御来場、そして熱いご声援ありがとうございました。
    あやちはそうですね、この世とあの世のあわいに住む少女なのかもしれませんね。
    結構ケモノもまたやりますよ。
    出会いといえば浜松で星振りさんとお会いしてから何年になるのでしょう。
    縁と宴を紡ぎに、是非ご一緒致しましょう。

    Comment by むらた — 2012年3月28日 @ 2:36 AM

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